五百石夫(読み)ごひゃっこくふ

世界大百科事典(旧版)内の五百石夫の言及

【千石夫】より

…石高1000石に1人の割合で課されたのでこの呼称がある。このほかに500石に1人の五百石夫もあった。幕府が行った築城,市街地造成,大河川堤防の工事などで,国奉行や諸大名を通じて全国の農民を動員するのにこの制度が使われたが,17世紀中葉以降に入って築城などの大工事が行われなくなったのにともない,事実上廃止された。…

※「五百石夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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