五目師匠(読み)ごもくししょう

世界大百科事典(旧版)内の五目師匠の言及

【小歌(小唄)】より

…小唄は気の合う者同士がお互いに作詞作曲して披露し悦に入るものであるから清元畑の人々の余技だったが,明治時代に入ると,これに5世尾上菊五郎らの俳優,伊藤博文らの高官,尾崎紅葉らの文人,3世杵屋(きねや)正次郎などの他流派の人々も加わって自作の小唄を披露し合う会が作られた。芸妓から転じた町の五目師匠(数種目の音楽のみならずときには踊りまで教えたので五目と呼ばれた)たちも時流を取り入れ,新橋おかね,小林きん,横山さきらが小唄を広めた。大正時代には,この五目師匠たちが認可を得て小唄の家元となった。…

※「五目師匠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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