京衛(読み)きょうえい

世界大百科事典(旧版)内の京衛の言及

【衛所制】より

…そして千戸所,百戸所は1府州の兵を統轄し,衛は数府州の兵を統轄する場合に置かれた。この衛所は首都京師の防衛にあたる京衛と地方府州の要衝に置かれた外衛に分かれ,とくに中都(安徽省鳳陽),山東,河南,大寧などの衛所兵は毎年,輪番で京師におもむいた(班軍番上)。衛所数は1393年(洪武26)には都司17,内外衛329であったが,明代を通じて増減があり,また中期以降,高官による兵士の使役などにより兵士の逃亡などがはげしく,衛所制はいちじるしく弛緩し,軍隊の私兵化が進行した。…

【明】より

…軍隊の基本的な単位は衛で,5千戸所から成り,基準定員は5600人である。首都に駐屯するものを京衛といい,そのうち26衛は皇帝に直属する親軍で,上直衛と称せられる。この中には,特高警察的な業務を行い刑獄をも備えた錦衣衛が含まれる。…

※「京衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む