令狐楚(読み)れいこそ

世界大百科事典(旧版)内の令狐楚の言及

【李商隠】より

…懐州河内(河南省沁陽県)の人。当時の政界の大物令狐楚(766‐837)の知遇を得て進士に及第したが,のち反対派の王茂元の援助を受けたため両派から見放され,生涯を不遇のうちに終えた,というのが正史を根拠とする旧説だが,その真実性の保証はあいまいである。官僚としては中央政府にいた期間は短く,ほとんど節度使の幕下を転々とした。…

※「令狐楚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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