任安(読み)じんあん

世界大百科事典(旧版)内の任安の言及

【司馬遷】より

…以後執筆に専念して7年目の前98年,匈奴討伐に奮戦しながら捕虜になった名将,李陵を弁護して武帝の怒りに触れ,宮刑の恥辱を受ける。恥を忍んで生き長らえ,2年後に宦官として宮廷にもどって中書令(天子の秘書長)になったのも,ただ《史記》完成への執念に支えられたからであり,その苦衷は死刑囚の友人の任安(じんあん)にあてた前91年の書簡にあふれている。武帝の死後,次の昭帝在位の初年に60歳前後で死去したと推定されるが,その著《史記》は史書の模範として不滅である。…

※「任安」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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