コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

伊集院忠真 いじゅういんただざね

世界大百科事典内の伊集院忠真の言及

【伊集院忠棟】より

…戦国・安土桃山時代の武将。大和守忠朗入道孤舟の孫,同忠倉の子。初名忠金,通称源太,右衛門大夫,道号幸侃,伊集院氏(正統6代)頼久の四男家の家統である。父祖以来伊作島津氏に歴事。祖父忠朗は伊作島津家無二の重臣であった。初め島津義久の使衆,1566年(永禄9)以後国老,島津忠恒(家久)に手刃されるまで島津氏臣中の筆頭の地位にあった。95年(文禄4)庄内8万石の大封を得てから〈威勢イヨイヨ強ク野心ノ色オノツカラ顕ル〉(《本藩人物誌》)といわれるが,“野心”の具体的な証跡は今日知られていない。…

【大隅国】より

…旧国名。隅州。現在の鹿児島県の一部。鹿児島湾奥の海岸部と内陸部,大隅半島部,半島西南海上の種子島・屋久島等の島嶼部の三つからなる。
【古代】
 西海道に属する中国(《延喜式》)。はじめ日向国の一部をなし,襲国(そのくに)ともよばれ,熊襲(くまそ)・隼人(はやと)の根拠地とみなされていた。割拠の豪族として大隅直(あたい)や曾君(そのきみ),加士伎県主(かしきあがたぬし),肝衝(きもつき)などの名があり,大隅隼人の首領大隅直の地盤と目される半島東南部肝属(きもつき)川一帯に高塚式古墳が少なくない。…

※「伊集院忠真」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

伊集院忠真の関連キーワード宮崎県小林市野尻町東麓平田三五郎島津家久秋月種長

今日のキーワード

天網恢恢疎にして漏らさず

《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android