会昌の法難(読み)かいしょうのほうなん

世界大百科事典(旧版)内の会昌の法難の言及

【三武一宗の法難】より

…第2回目の〈周武の法難〉は574年(建徳3)と577年の2回にわたり,このときは文武百官を集めて儒・仏・道の三教の優劣を論じさせたのち,仏教のみならず道教も廃された。845年(会昌5)に行われた第3回目のは,年号により〈会昌の法難〉とよばれるが,このときは道教徒の画策により仏教のみならず,西方伝来の景教・祆(けん)教・マニ教の3夷教も禁圧された。955年(顕徳2)に行われた第4回目の〈後周の法難〉は,前3回とは異なり,国家の財政的窮迫が主たる動機であった。…

※「会昌の法難」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む