佐奈田余一(読み)さなだよいち

世界大百科事典(旧版)内の佐奈田余一の言及

【岡崎氏】より

…桓武平氏三浦氏の一族で,義実がこの地に住して岡崎を称したのに始まる。義実とその子義忠(佐奈田余一)は,1180年(治承4)の源頼朝挙兵に際していちはやくその麾下(きか)に参じ,石橋山の戦で義忠は非運の最期を遂げる。息子が戦死した功もあって,義実は鎌倉幕府の有力御家人となるが,一本気な鎌倉武士の典型として伝えられるエピソードが多い人物でもある。…

※「佐奈田余一」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む