佐賀憂国党(読み)さがゆうこくとう

世界大百科事典(旧版)内の佐賀憂国党の言及

【島義勇】より

…1868年(明治1)藩の海軍軍監となり,戊辰戦争に大総督府軍監として東北鎮定に赴き,会計官,北海道開拓使判事,大学少監,侍従,秋田県令を歴任したが,政府と議合わず72年6月辞職。翌年帰郷して佐賀憂国党の首領に推され,74年1月〈恩賞不当,刑罰顚倒,奸臣専横〉の政治を改良せんとして,江藤新平の征韓党とともに兵を佐賀に挙げ,敗走して鹿児島で捕らえられ,佐賀で斬罪に処せられた。佐賀の乱【後藤 靖】。…

※「佐賀憂国党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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