俘囚郷(読み)ふしゅうごう

世界大百科事典(旧版)内の俘囚郷の言及

【蝦夷】より

…戦争によって捕虜になったり,もしくは降伏した蝦夷は〈俘囚(ふしゆう)〉〈夷俘〉というふうに呼ばれる。彼らは,大量に内国に送られ,それぞれの国で〈俘囚郷〉をつくって生活した。俘囚は,蝦夷の後身,平和な形をとった蝦夷問題として,北辺にアイヌという形で残る蝦夷問題と並べて,古代以後の蝦夷問題の中心テーマをなすものといえる。…

【俘囚】より

…彼らは集団をなして村落を形成した。《和名抄》に〈俘囚郷〉と見えるものがそのなごりである。その移配された国は《延喜式》によれば35ヵ国にも及んだ。…

※「俘囚郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む