信越連帯新道(読み)しんえつれんたいしんどう

世界大百科事典(旧版)内の信越連帯新道の言及

【針ノ木峠】より

…江戸時代から明治末期まで富山県側から大町地方へ塩と魚を運ぶ移入路として利用された。1874年,現在の富山市東岩瀬から富山県立山町芦峅寺(あしくらじ)を経て針ノ木峠を越え,長野県大町市野口に至る馬車道(信越連帯新道)の開削が着手されたが,資金不足のため完成しなかった。峠西部の黒部渓谷はカモシカやクマ,イワナの宝庫であったため,信濃の猟師たちが針ノ木峠を越えて狩猟と漁労に出かけた。…

※「信越連帯新道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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