俣野景尚(読み)またのかげひさ

世界大百科事典(旧版)内の俣野景尚の言及

【俣野氏】より

…相模出身の中世武家。桓武平氏鎌倉党の支族で大庭(おおば)氏と同族。〈股野〉とも書く。同国高座郡大庭御厨(みくりや)内俣野郷(現,神奈川県藤沢市大庭)を本拠とする。平安末期,大庭景親の弟景尚(久)が俣野を名のったのを初めとする。大庭氏は元来源家の家人(けにん)であったが,平治の乱(1159)後,景親・景尚ともに平家に属し,石橋山の戦(1180)で敗れた景親は梟首(きようしゆ),景尚は逐電・上洛したが1195年(建久6)以前に没している。…

※「俣野景尚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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