傘松峰大仏寺(読み)さんしょうぼうだいぶつじ

世界大百科事典(旧版)内の傘松峰大仏寺の言及

【永平寺】より

…道元ははじめ,山城宇治に興聖寺を開き,ここで叢林生活を営んでいたが,僧団の拡大や旧仏教の圧迫により,越前に所領を有する覚念や,志比庄地頭波多野義重の招聘を受け,1243年(寛元1)日本達磨宗の徒らを率いて越前に赴いた。はじめ吉峰寺や禅師峰(やましぶ)で門下の指導を行っていたが,翌年7月18日,新造なった寺に入寺開堂し,はじめ傘松峰(さんしようぼう)大仏寺と名づけた。次いで46年大仏寺を永平寺と改称,48年(宝治2)11月1日には,傘松峰を吉祥山と改めた。…

※「傘松峰大仏寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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