六か国協議(読み)ろっかこくきょうぎ(英語表記)six-party talks

日本大百科全書(ニッポニカ)「六か国協議」の解説

六か国協議
ろっかこくきょうぎ
six-party talks

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核問題を解決するためのアメリカ・北朝鮮・中国・日本・韓国・ロシアによる外交会議。「六者協議」ともいう。北朝鮮と国交を正常化していない日本の政府は、「六者会合」とよんでいる。一貫して北京(ペキン)で開催され、議長はホスト国の中国が担った。

 2003年1月に北朝鮮が核不拡散条約NPT)から脱退を宣言したため、それを受けて同年4月に中国の仲介で米朝中三か国協議が開催された。これを拡大し、2003年8月に北京で初の六か国協議の開催となった。1993~1994年の北朝鮮核問題で中心的な役割を果たした米朝協議とその合意が失敗に終わった教訓から、多国間協議を実現させた。しかし、北朝鮮のみならず、他の5か国もそれぞれ異なる思惑をもって協議に臨み、合意形成は容易なものではなかった。

 北朝鮮の主張は、「一括妥結」「同時行動」の2原則のもとで、第1段階で核開発を再凍結し、第2段階以後、米朝平和条約、米朝・日朝国交正常化などと連結しながら、最終的に核施設を解体し、ミサイル問題でも合意するというもの。他方、アメリカは北朝鮮に対し、「完全かつ検証可能で不可逆的な」核放棄(CVID:Complete, Verifiable, and Irreversible Dismantlement)を要求した。北朝鮮は2005年9月の第4回六か国協議第2ラウンドで採択された六者共同声明で、「すべての核兵器および既存の核計画」を放棄し、NPTに早期に復帰することを約束。2006年10月に北朝鮮が第1回核実験を強行した後の2007年2月13日、第5回第3ラウンド「共同声明実施のための初期段階の措置」で、(1)北朝鮮が60日以内に寧辺(ニョンビョン)の核関連施設の停止および封印、IAEA国際原子力機関)による監視の受け入れ、(2)米朝国交正常化のための協議開始、アメリカは北朝鮮のテロ支援国家指定解除や対敵通商法の適用終了の作業を進める、(3)日朝国交正常化のための協議開始、(4)他の5か国は緊急エネルギー支援として重油5万トンを支援することで合意した。

 2008年9月27~30日に開催された第6回第2ラウンド「共同声明の実施のための第2段階の措置」で、(1)北朝鮮はすべての核施設を無能力化し、年末までにすべての核計画について完全かつ正確に申告し、核物質、技術、知識を移転しない、(2)米朝・日朝国交正常化を目ざす、(3)各国による100万トンの重油相当規模を限度とする対北朝鮮支援、(4)6か国外相会合を適切な時期に北京で開催することで合意した。2008年6月、北朝鮮は議長国である中国に対し核計画に関する申告書を提出し、10月までに検証措置について合意が成立したため、アメリカは10月12日に北朝鮮のテロ支援国家指定を解除した。しかし、2009年4月5日に「テポドン2号」とみられる人工衛星を発射した北朝鮮は、六か国協議からの離脱を宣言し、その後会議自体が成立していない。

[礒﨑敦仁 2020年2月17日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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