兵馬使(読み)へいばし

世界大百科事典(旧版)内の兵馬使の言及

【道】より

…〈道〉という名称は中国唐代の行政区画に起源をもち,8世紀の新羅から存在が確認されるが,それが地方行政区画となったのは,高麗中期の五道両界制(楊広,慶尚,全羅,交州,西海の各道と東界,北界)に始まる。中部,南部を〈道〉とし,東部,北部の辺境地帯を〈界〉として区別するこの制度は,高麗末期の六道両面制(京畿道を加えた六道と東北面,西北面)までうけつがれ,道の長官には民政官の按察使が,界,面の長官には軍政官の兵馬使が就任した。李朝初期に八道制(北から咸鏡,平安,江原,黄海,京畿,忠清,慶尚,全羅の各道)がしかれ,中部,南部と辺境との区別がなくなり,区分も現在の姿に近づいた。…

※「兵馬使」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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