内ハルハ(読み)うちはるは

世界大百科事典(旧版)内の内ハルハの言及

【ハルハ】より

…ダヤン・ハーンは16世紀初めに第5子アルジュ・ボラトと末子ゲレセンジェに,これを所領として与えた。アルジュの子孫は内ハルハとして内モンゴルにとどまり,南下して遼河およびそれ以西に広がり,今のバーリン(巴林),ジャルート(札魯特)などになった。一方,ゲレセンジェの子孫は外ハルハといい,ヘンテイ山脈方面のウリヤンハイ族が滅亡したとき,同地に西進し,また1552年アルタン・ハーンのオイラート族攻撃の結果ハンガイ山脈方面に広がり,現在のハルハの分布に近づいていった。…

※「内ハルハ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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