冬木善太郎(読み)ふゆきぜんたろう

世界大百科事典(旧版)内の冬木善太郎の言及

【堂島米市場】より

…同会所は1722年(享保7)ごろには廃止されたが,以降も江戸商人による米会所が計3回にわたって許可された。すなわち紀伊国屋源兵衛ほか2名による大坂御為替米御用会所(1725‐26),中川清三郎ほか2名による堂島永来町御用会所(1727‐28),冬木善太郎ほか4名による北浜冬木会所(1730)がそれである。このように幕府は当初堂島における米取引を江戸商人によって統制しようとしたが,大坂の米商人はこれに強く反発し,たびたび嘆訴を行った。…

※「冬木善太郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む