コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

凱雲 がいうん

世界大百科事典内の凱雲の言及

【太良荘】より

…忠政の子若丸は叡山の山僧丹生出羽房雲厳となり,78年(治承2)知行国主により公文職に補任され,治承・寿永の内乱を若狭最大の在庁官人である稲庭時定の指揮下で戦い,鎌倉殿御家人になった。雲厳は師の凱雲をこの地に招き,73年(承安3)薬師堂を建立,自己の所領末武名を預け,一方,凱雲はさらに86年(文治2)馬上免を開発する。しかし時定が失脚,若狭(津々見)忠季が守護として保地頭職となるに及び,雲厳の立場は苦しくなり,1208年(承元2)時定の子時国に所領を譲って引退した。…

※「凱雲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone