初期マルクス(読み)しょきまるくす

世界大百科事典(旧版)内の初期マルクスの言及

【マルクス主義】より

…大衆が日常的に〈感じる〉ことと,前衛が〈知る〉こととが,闘争のなかにおいて統一されなければならないとグラムシは考えたのである。
[初期マルクス解釈]
 決定論的考えに反対して主体の意識や実践を強調するこれらの潮流は,のちに初期マルクス解釈の問題と結びついて現れた。マルクスの残した諸論稿のうち,《ドイツ・イデオロギー》《経済学・哲学手稿》《経済学批判要綱》はそれぞれ1920年代および30年代になって初めて公表されたのであるが,これらの諸論稿こそ唯物論的に通俗化する解釈からマルクスを解放するものであった。…

※「初期マルクス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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