世界大百科事典(旧版)内の労農派教授グループの言及
【人民戦線事件】より
…しかし当局は1937年12月15日と翌年2月1日,日本無産党,全評の幹部およびその理論的指導者と目された労農派の学者・評論家などを全国いっせいに検挙し,12月22日日本無産党,全評を結社禁止処分にした。被検挙者は,第1次446名,第2次38名で,おもな者は第1次では加藤勘十,鈴木茂三郎,高野実,山川均,猪俣津南雄,大森義太郎,向坂逸郎,黒田寿男ら,第2次では椿繁夫,江田三郎らおよび東大の大内兵衛,有沢広巳,脇村義太郎,法政大の美濃部亮吉,阿部勇,東北大の宇野弘蔵らいわゆる労農派教授グループであった(教授グループ事件)。社会大衆党は事件関係者を除名し,学者・評論家は大学やジャーナリズムの世界から事実上すべて追放された。…
※「労農派教授グループ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」