世界大百科事典(旧版)内の北京人民芸術劇院の言及
【中国演劇】より
…49年新中国成立後は,文化部組織下の中国戯劇家協会の指導のもとに,新劇は人民に奉仕しかつこれを教育する方向を明確にし,全国各地区の新劇団がそれぞれ活発な運動を展開した。例えば52年曹禺を院長に設立された北京人民芸術劇院では,老舎の《竜鬚溝(りゆうぜんこう)》《茶館》,田漢の《関漢卿》,郭沫若の《屈原》《蔡文姫》,曹禺の《雷雨》《日の出》など著名作家の作品上演がとくに盛んであった。文革期には,それらの活動がほとんど停止し手痛い打撃をうけたが,79年には中国建国30周年祝賀のコンクールが催され,《楊開慧》《西安事変》《彼岸》《王昭君》等々数多くの新作がいっせいに上演されるなど,10余年にわたる空白を埋めるべく活発な新しい動きを見せている。…
※「北京人民芸術劇院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」