北大溝(読み)ほくだいこう

世界大百科事典(旧版)内の北大溝の言及

【赤峰】より

…赤峰付近の遺跡は,1908年鳥居竜蔵の踏査以来,その存在は古くから知られていた。35年東亜考古学会の浜田耕作らが紅山後を調査し,また56年には呂遵諤,裴文中らが紅山後の北大溝と紅山前を調査した。紅山後は赤峰市の東北6km,英金河畔にある高さ200mの紅山と呼ばれる花コウ岩の丘陵の東麓一帯にある黄土台地で,第1次文化の住地,第2次文化の住地と墓が発見された。…

※「北大溝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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