世界大百科事典(旧版)内の北大荒の言及
【黒竜江[省]】より
…省治は竜江県(現在のチチハル)におかれることとなった。辛亥革命後も漢族の入植が続き,牡丹江,綏芬河(すいふんが),穆稜河(ぼくりようが)流域や黒竜江沿岸の開拓が進み,人口も1884年の25万人から1929年には370万人に達したが,三江平原や嫩江下流の沼沢地等には未開拓の荒野が残り,北大荒(北方の広大な荒野)と総称されていた。しかしハルビンやチチハル,牡丹江など主要都市には商工業も発達し,周辺農村も農地化が進み,また鶴崗,穆稜などの炭鉱も開発された。…
【東北平原】より
…東北平原はさらに松花江・嫩江(のんこう)平原,遼河平原,三江平原(黒竜江,松花江,ウスリー川合流地域)に分けられる。標高200m以下の低平な平原の面積は約35万km2,中央部は肥沃な黒土からなり,中国の大切な穀倉をなすが,北部,とくに三江平原には未開発の湿地が多く,これを北大荒と呼ぶ。【河野 通博】。…
※「北大荒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」