世界大百科事典(旧版)内の北洋新軍の言及
【袁世凱】より
…義和団事変では列強の利益を最優先して帝国主義者の信用を獲得した。彼のおさえる北洋新軍は1905年(光緒31)には6鎮(鎮は師団)にまで拡大されたし,内外のバックの力はきわめて強力だったから,天津の袁世凱の役所は〈第二中国政府〉とよばれた。しかし08年に西太后が死ぬと,袁世凱はすべての役職を奪われた。…
※「北洋新軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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