北畠具房(読み)きたばたけともふさ

世界大百科事典(旧版)内の北畠具房の言及

【織田信雄】より

…法名常真。伊勢国司北畠具房の養子となり名を具豊,さらに信意,信雄と改めた。本能寺の変後,清須城を中心に尾張,伊賀,南伊勢を領した。…

【北畠氏】より

…鎌倉・室町時代の公家。三国司家の一つ。村上源氏。源通親の孫中院雅家が北畠氏を称し,その曾孫親房のとき,後醍醐天皇の信任をうけ,南朝の重鎮として活躍。さらにその三男顕能は1338年(延元3∥暦応1)閏7月初めて伊勢国司に就任し,以後戦国最末年に至るまでその拠城となった一志郡多気城に拠った。2代顕信は顕能の兄にあたる。彼は伊勢国司に関する基本文献,斎藤拙堂の《伊勢国司記略》には触れられていないが,残存史料から見てその在職は確実である。…

※「北畠具房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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