十州休浜同盟(読み)じっしゅうやすみはまどうめい

世界大百科事典(旧版)内の十州休浜同盟の言及

【十州塩田】より

…明和期(1764‐72),再び休浜同盟が提唱され,安芸,備後,伊予,周防,長門の5ヵ国協定が成立し,その後,幕末ころまでに播州,阿波,備前,讃岐の諸国も参加した。いわゆる十州休浜同盟である。ただ,これには各国内のすべての塩田が参加したわけではなく,小規模な塩田は加わっておらず,備中諸浜はほとんど百姓小浜であったため1884年まで参加していない。…

【休浜法】より

…効果は1775年ころからあらわれ,85年(天明5)ころには一時好況を回復したようである。この十州休浜同盟は1875年まで存在した。【広山 尭道】。…

※「十州休浜同盟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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