十王信仰(読み)じゅうおうしんこう

世界大百科事典(旧版)内の十王信仰の言及

【冥府】より

…唐以降は四川省の鄷都県が鄷都の所在地に当てられるようになり,近世まで民衆の信仰を集めた。 また唐末には,中国古来の冥府説と仏教の地獄説,中有の思想を雑糅した十王信仰が盛んになった。これは,冥府には閻羅王,太山王など十判官がいて,七七忌,一年忌,三年忌の十忌日に順次死者の罪業を審判し,三年忌に最終判決を下すので,忌日ごとに供養を行って死者の追善を図ろうとするものである。…

※「十王信仰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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