南葵音楽堂(読み)なんきおんがくどう

世界大百科事典(旧版)内の南葵音楽堂の言及

【オルガン】より

…明治以後,洋楽輸入と宣教師によるキリスト教伝道の再開で,オルガンがキリスト教主義の学校,教会に設置されたが,礼拝用楽器であったため,洋楽全体では大きな比重を占めるに至らなかった。1920年徳川頼貞が南葵音楽堂に設置し,後に東京音楽学校(現,東京芸術大学)に寄贈したオルガンは,第2次大戦の前後を通じ,日本のオルガン教育に大きく貢献した。特に経済の高度成長期の60年代以降,大オルガンの輸入が急増し,最近では特に,地方自治体の公共ホールへのオルガンの設置が目だち,日本でのコンサート・オルガンの新しい歩みが注目される。…

※「南葵音楽堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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