即位紀年法(読み)そくいきねんほう

世界大百科事典(旧版)内の即位紀年法の言及

【紀年論】より

…那珂によって批判された《日本書紀》の紀年にかわって注目されたのは《古事記》にみえる天皇の崩年干支である。というのは,この干支をもってする干支紀年は,各天皇の即位年からの年数をもってする《日本書紀》の即位紀年法よりも古いと考えられるからである。したがって那珂説で得られた神功,応神朝の年代を定点に各崩年干支を配分,倭の五王の比定とも勘案して天皇の在位年数を推定するのが,その後の紀年論の主流となった。…

※「即位紀年法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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