世界大百科事典(旧版)内の《吉野の鮎――記紀万葉雑考》の言及
【高木市之助】より
…京城大,九州大教授などを務める。《日本文学の環境》(1938)の日本文学とその風土の関係についての講究,《吉野の鮎――記紀万葉雑考》(1941)の日本における叙事詩の探求,また《大伴旅人・山上憶良》(1972)の両者を反発関係としてとらえる文学史の方法は,いずれも広い注目を集めた。その他《古文芸の論》《国文学五十年》など著書は多く,全集10巻も刊行された。…
【日本文学】より
…〈歴史社会学派〉と称される人々の史的唯物論にもとづく日本古典の歴史的意義の追求がそれであり,近藤忠義《日本文学原論》(1937),永積安明《中世文学論》(1944)などは,非社会的な〈国文学〉の内在的批判,戦争とファシズムへの学問的抵抗の所産としての価値と意義をになっている。この学派の周辺から風巻景次郎《新古今時代》(1936),吉野裕《防人歌の基礎構造》(1943)が,また同じく戦時下の著ながら記紀に文学の息吹をよみがえらせた高木市之助《吉野の鮎――記紀万葉雑考――》(1941)がこんにちも色あせぬ成果を示すことが注目されよう。昭和期にはもうひとつの国文学内部からの批判的動向がみられる。…
※「《吉野の鮎――記紀万葉雑考》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」