周留城(読み)しゅうりゅうじょう

世界大百科事典(旧版)内の周留城の言及

【豊璋】より

…豊章とも書き,また単に豊ともいう。660年の百済滅亡後,王族の鬼室福信と僧の道琛らは周留城(錦江河口付近)を拠点に百済復興をはかり,当時日本に人質となっていた豊璋を迎えて王に立てた。多くの残存勢力がこれに呼応し,泗沘(しひ)城(扶余)などに駐屯する唐軍を包囲して唐・新羅軍を苦しめた。…

※「周留城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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