《和声論》(読み)わせいろん

世界大百科事典(旧版)内の《和声論》の言及

【調性】より

…一方,1600年ころのモノディの誕生や,通奏低音の成立,そして器楽曲の発達にともない,調性は17世紀中に確立された。これに理論的根拠を与えたのは,ラモーの《和声論Traité de l’harmonie》(1722)である。 調は長・短合わせて24種となり,このうち,一つの調と上下に5度の関係にある調およびそれらの平行短調を近親調という(5度圏)。…

【ラモー】より

…15年まではリヨンにとどまった。22年に出版されたラモーの最大の理論書《自然原理に還元された和声論Traité d’harmonie réduite à ses principes naturels》の肩書きに〈オーベルニュのクレルモン大聖堂のオルガン奏者〉とあり,クレルモン・フェランで和声論が起草されたと推定されている。 ラモーは22年か23年にパリに居を定めた。…

※「《和声論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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