唐荆川(読み)とうけいせん

世界大百科事典(旧版)内の唐荆川の言及

【唐順之】より

…中国,明代の文学者,思想家。字は応徳。荆川と号し,明末に襄文と追諡(ついし)された。江蘇武進の人。嘉靖8年(1529)の進士。七子派の古文辞の模擬に過ぎるあまり,文のリズムを失った点を批判し,唐・宋の伝統的な古文への復古を主張した。〈董中峯侍郎文集序〉に〈開闔(かいこう)・首尾・経緯・錯綜の法〉というのは,その理論である。王慎中,帰有光とあわせて,明代の唐宋派古文の三大家に数えられる。天文,楽律,地理,兵法,数学(三角)などから文学に関するまで,きわめて博学で,多くの著述がある。…

※「唐荆川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む