《嗚呼玉杯に花うけて》(読み)ああぎょくはいにはなうけて

世界大百科事典(旧版)内の《嗚呼玉杯に花うけて》の言及

【寮歌】より

…とくに第一高等学校の寮自治制度が定着し,高等学校が大学予備教育機関としての性格をいっそう強くもちはじめた明治30年代には,名曲,名歌が輩出した。《アムール河の流血や》《春爛漫の花の色》(以上,1901),《嗚呼玉杯に花うけて》(1902)などは後世まで同校で歌いつがれたばかりでなく,明治後期から各地の高校,私学などに寮歌,学生歌を作る気運をおこした。なかでも第三高等学校の《紅萌ゆる丘の花》(1904),北大予科の《都ぞ弥生》(1912)などは,全国学生・生徒の愛唱歌となっていった。…

※「《嗚呼玉杯に花うけて》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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