四十四ヶ浦(読み)しじゅうしかうら

世界大百科事典(旧版)内の四十四ヶ浦の言及

【江戸内湾四十四ヶ浦会合】より

…江戸時代,江戸湾に臨む武蔵,相模,上総,下総の漁村四十四ヶ浦の名主・総代が毎年春,内湾の操業秩序維持を図るため神奈川浦で開いた会合。1816年(文化13)6月,御菜七ヶ浦年番による毎年1回の参会,旧来から慣習的に認められていた小職(こしよく)(小さい雑漁具類)を除く内湾使用漁具三十八職制の限定と新漁具の停止,浦方違反者の糾弾と処分,を議定した協定を初めとする。…

※「四十四ヶ浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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