四度宴(読み)しどのえん

世界大百科事典(旧版)内の四度宴の言及

【太宰府天満宮】より

… 平安時代における天満宮安楽寺の発展は,道真の文人としての名声を慕う大宰府官人の信仰と保護によるところが大きい。958年(天徳2)大宰大弐小野好古(よしふる)が曲水宴を始めたのを最初として,残菊宴,正月内宴,七夕宴など,いわゆる〈四度宴〉が大宰府官人により次々と中央より移入され年中行事となった。文人大江匡房(おおえのまさふさ)も大宰権帥として赴任中,しばしば詩会を催している。…

※「四度宴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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