四谷伝馬町(読み)よつやてんまちょう

世界大百科事典(旧版)内の四谷伝馬町の言及

【伝馬町】より

…江戸府内から五街道にかかる人足,伝馬の継立てを幕府の命により行うという道中伝馬役を負担した大伝馬町および南伝馬町,江戸府内限りの公用の交通,通信に従う江戸廻り伝馬役を負担した小伝馬町である。ほかに大伝馬町と南伝馬町に付属する町として1638年(寛永15)に起立した四谷伝馬町と赤坂伝馬町があった。三伝馬町は,名主役を兼ねた伝馬役人として江戸町名主の筆頭に位置した佐久間善八,馬込勘解由(大伝馬町),吉沢主計,高野新右衛門,小宮善右衛門(南伝馬町),宮辺又四郎(小伝馬町)により世襲支配されていた。…

※「四谷伝馬町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む