世界大百科事典(旧版)内の《囲碁新報》の言及
【村瀬秀甫】より
…8歳で本因坊家へ入門,文久年間(1861‐64)7段となったが,本因坊相続問題で地方を遊歴。1879年研究会として方円社を主宰し,家元と分裂して翌80年新興棋院に発展させ,機関誌《囲碁新報》を編集配布した。これが月刊囲碁誌の嚆矢(こうし)である。…
※「《囲碁新報》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…8歳で本因坊家へ入門,文久年間(1861‐64)7段となったが,本因坊相続問題で地方を遊歴。1879年研究会として方円社を主宰し,家元と分裂して翌80年新興棋院に発展させ,機関誌《囲碁新報》を編集配布した。これが月刊囲碁誌の嚆矢(こうし)である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[生]1939.1.11. 東京漫画家。本名,千葉徹弥。初め少女漫画誌を中心に活躍していたが,『ちかいの魔球』 (1961) ,『紫電改のタカ』 (63) ,『ハリスの旋風 (かぜ) 』 (65) な...