国富保(読み)くにとみのほ

世界大百科事典(旧版)内の国富保の言及

【国富荘】より

…太政官厨家領。元来吉原安富(左大史小槻隆職)の相伝私領であったが,1165年(永万1)官御祈願米・造八省院料米・法花会料米・官厨家納絹代計200石を進済する便補保(びんぽのほ)とされ,国富保と称した。下って95年(建久6)には,保司・太政官厨家の申請により,太政官は四至を定め牓示(ぼうじ)を打って立券し,国郡使の入勘と課役を停止するとともに,安富の子孫の相伝領掌を認めた。…

※「国富保」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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