国民革命軍新編第四軍(読み)こくみんかくめいぐんしんぺんだいしぐん

世界大百科事典(旧版)内の国民革命軍新編第四軍の言及

【紅軍】より

… 貴州,雲南,四川など11省を迂回した紅軍は35年10月第1陣の第1方面軍が陝西北部に到着,新たな根拠地をつくったが,総兵力は3万に減っていた。中共は35年8月1日,一致抗日宣言を発表して,抗日民族統一戦線結成の新方針を定め,36年12月の西安事件を契機に国共停戦へと進んだが,37年7月日中戦争勃発を機に国共再合作が成り,紅軍は華北の部隊が八路軍(正しくは国民革命軍第八路軍)に,華中に残留した部隊が新四軍(正しくは国民革命軍新編第四軍)に改編された。中国人民解放軍【宍戸 寛】。…

【新四軍】より

…中国共産党の国民革命軍新編第四軍の略称。1937年日中戦争の勃発で国共再合作となり,紅軍は国民革命軍に改編されたが,紅軍主力が長征で北上したのち,華中華南の根拠地に残留して遊撃戦を続けていた部隊を集めて新四軍(兵力1万2000。…

※「国民革命軍新編第四軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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