塩冶興久(読み)えんやおきひさ

世界大百科事典(旧版)内の塩冶興久の言及

【塩冶氏】より

…出雲の中世武家。近江源氏佐々木氏の一流。佐々木秀義が治承・寿永の内乱で幕府方として活躍し,五男義清が出雲・隠岐の守護に補任されて勢力を築き,その子孫は両国守護を相伝した。義清の孫頼泰は出雲国神門郡塩冶郷に本拠を置き塩冶左衛門尉と称した。頼泰の兄時清の一流は隠岐国守護となり,一方,頼泰の子孫は塩冶氏を名のり,貞清,高貞と出雲国守護を相伝する。塩冶判官高貞は建武政権のもと出雲・隠岐守護となったが,1341年(興国2∥暦応4)に自害し一族も多く死亡した。…

※「塩冶興久」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む