塩税一揆(読み)えんぜいいっき

世界大百科事典(旧版)内の塩税一揆の言及

【塩税】より

…塩売買の自由度,税率には大きな地域差があったが,王国の中心地域では塩は王立の塩倉を経由して公定価格で売買され,住民は塩倉で毎年一定量の塩(義務塩)を買って税を納めることを義務づけられた。塩税は間接税中最大の収入をあげたが,反面きわめて不人気で,16,17世紀にしばしば塩税一揆の原因となり,フランス革命の際に廃止された(1790)。まもなくナポレオンによって復活され(1806),1945年まで維持された。…

※「塩税一揆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む