世界大百科事典(旧版)内の多磨短歌会の言及
【多磨】より
…1935年6月創刊,52年12月終刊。昭和歌壇の現実主義的な傾向を不満とした白秋が,35年6月,浪漫精神の復興を唱えて設立した多磨短歌会の機関誌。伝統文学の幽玄と明治の象徴主義を合わせた〈新幽玄〉〈新象徴〉を理念に,時代の復古的な機運に乗って,たちまち《アララギ》と歌壇を二分する新勢力をなした。…
※「多磨短歌会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…1935年6月創刊,52年12月終刊。昭和歌壇の現実主義的な傾向を不満とした白秋が,35年6月,浪漫精神の復興を唱えて設立した多磨短歌会の機関誌。伝統文学の幽玄と明治の象徴主義を合わせた〈新幽玄〉〈新象徴〉を理念に,時代の復古的な機運に乗って,たちまち《アララギ》と歌壇を二分する新勢力をなした。…
※「多磨短歌会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...