多門房(読み)たもんぼう

世界大百科事典(旧版)内の多門房の言及

【若狭国】より


[南北朝・室町時代]
 1333年(元弘3)5月幕府が滅び,北条氏得宗の権力が消えると,この国の政治情勢は混沌たる様相を呈する。国衙にはまず山徒多門房が入ったが,ほどなく新守護布志井三郎左衛門尉の代官が入部し,新国司洞院公賢の目代も続いて下向,多門房が対抗して今富名に討ち入る。若狭氏の後裔直阿(忠兼)の勢力挽回を策しての活動も見られた。…

※「多門房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む