天野藤太夫(読み)あまのとうだゆう

世界大百科事典(旧版)内の天野藤太夫の言及

【桃隣】より

…江戸前期の俳人。姓は天野,通称は藤太夫。別号は太白堂など。伊賀の人。芭蕉の縁者と思われる。1691年(元禄4)芭蕉に従って東下し,江戸に定住して俳諧師として身を立てた。96年芭蕉の三回忌に“おくのほそ道”の跡をたどり《陸奥鵆(むつちどり)》を,十七回忌には《粟津原》を編んだ。その道統は太白堂(たいはくどう)として代々栄えた。〈うぐひすの声に起きゆく雀かな〉(《炭俵》)。【桜井 武次郎】…

※「天野藤太夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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