天開図画楼(読み)てんかいとがろう

世界大百科事典(旧版)内の天開図画楼の言及

【雪舟】より

…途上,各地に立ち寄り,大陸の自然や風俗を実地に観察,スケッチし,つとめて宋・元・明の古典を模写したことが,後の画風形成に決定的な影響を及ぼした。 69年(文明1)帰国後,しばらく北九州に滞在,大分に天開図画楼(とがろう)なる画房を営みながら,宋・元の古典に対する研鑽をいっそう深めた。《山水小巻》(京都国立博物館),《四季山水図》(ブリヂストン美術館),《倣李唐牧牛図》(山口県立美術館)など宋元院体画,とくに夏珪,李唐,梁楷(りようかい),牧谿(もつけい),玉澗などの模倣的様式の作例はこの研鑽期に作られたといわれるが,年代の確かな例として74年弟子の雲峰等悦に与えた高彦敬(高克恭)様《山水図巻》(山口県立美術館)がある。…

※「天開図画楼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む