太極殿(読み)たいきょくでん

世界大百科事典(旧版)内の太極殿の言及

【大極殿】より

…古代の宮殿の中心建物。中国では太極殿といい都城内の建物に起源をもち,三国時代の魏の明帝青竜3年(235)が初見である。この太極殿は東西両堂をもち,北魏の洛陽城にいたって前殿をもつようになった。…

【長安】より

…ただ高宗のときから皇帝は城の北東の大明宮に居住するようになったため,太極宮は西内,大明宮は東内と呼ばれ,玄宗のときに興慶坊につくられた興慶宮の南内とあわせて三大内と呼ばれた。太極宮は南面中央に承天門があり,この門で詔令を発布したり赦宥(しやゆう)を行ったりするので前朝と称されたが,この門の次に嘉徳門があり,つづいて太極殿に達する。ここは皇帝が政治をみるところである。…

※「太極殿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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