世界大百科事典(旧版)内の太田昌明の言及
【但馬国】より
…これよりさきの86年源平合戦に功のあった法橋昌明は,出石郡太田荘を恩給され太田を名のるようになった。 1221年(承久3)後鳥羽上皇の討幕の召集に応じなかった太田昌明は,承久の乱後但馬守護になり,京方についた前守護安達親長(あだちちかなが)にとってかわった。以後の但馬守護は太田氏一族の就任するところとなる。…
※「太田昌明」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 すばやく書き記すこと。特に、速記術を用いて演説・談話などを書き取ること。「対談を速記する」2 「速記術」の略。「速記を覚える」3 「速記者」の略。「速記を雇う」4 「速記録」の略。「...