世界大百科事典(旧版)内の太甲の言及
【伊尹】より
…そののち湯王を助けて夏の桀王を討ち滅ぼし,殷王朝を開くのに力があった。湯王の死後,孫の太甲が位につくと暴虐であったので,伊尹は彼を桐宮に追放し,3年ののち,悔悟した太甲を再び都に迎えた。臣下として主君を押し込めたこと,簒奪ではないかと,後々議論となるところである(《孟子》尽心上篇など)。…
※「太甲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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