《娘浄瑠璃芸品定》(読み)むすめじょうるりげいしなさだめ

世界大百科事典(旧版)内の《娘浄瑠璃芸品定》の言及

【女義太夫】より

…江戸でも芝のお伝は名高いが,1805年(文化2)以降,風俗壊乱を理由に禁止される。しかし1837年(天保8)には,《娘浄瑠璃芸品定》という評判記が出版されるほどもてはやされたので,天保改革(1841)では弾圧を受け,36人が投獄された。明治の東京では素(す)浄瑠璃の形式で大流行するが,その基礎を作ったのは,82年に名古屋から再度上京した竹本京枝と,大阪で盛名をはせていた竹本東玉の東上(1885)である。…

※「《娘浄瑠璃芸品定》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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